王女リュッゲベルタの記憶

きらめく日々の七人姉妹 ; 01

 この国の領土は広く、高い城壁で囲われている。城壁には長い年月による風化とそれを補強した跡があるが、とても頑丈な作りをしている。なにせ、あの“ノアの大洪水”からこの土地を守ったのだ。ここは大洪水によって一掃された旧時代での被害を免れ、そして新時代で唯一魔法の残る土地となった。大洪水の後、堕落しきっていた人々は意識を改め、手を取り合い支え合い、国を整え、現在までの歴史を積み上げてきた。城壁の外が人の住める場所となり、国が作られ、交流が始まる。もちろん、この国も、城壁外の諸外国との貿易関係を結んだ。しかし、城壁外と友好的に関われる時代はそう長くは続かなかった。
 盛んだった諸外国との貿易は、今は完全に遮断され、鎖国状態にある。理由は、魔法の力を求めた他国が結託し戦争を仕掛けてきたから。魔力が宿るこの土地を、魔法を持たない人々は欲しがった。結果は少しあっけなく、我が国の圧勝で終わった。数でこそ劣れど、魔法を持ち得ない人間に私たちの先祖が負けるはずがないのだ。終戦の後、我が国はいかなる謝罪も交渉の声にも耳を貸さず、城門は全て固く閉ざされた。ちょっとやそっとじゃ傷すらつかない硬さ、登るには途方もない高さの城壁は、今でも建設が進み少しずつではあるが高さを増している。その上には国を守るための騎士が配置され、近づく飛行物は即座に撃ち落とされる。更に、城壁の上を覆う女王陛下と高位魔術家系の長達による守護の魔法壁が、外部からの観測を遮断する。外交が一切遮断されたわけだが、別段問題はない。領土は広く国民全員の衣食住は不足なく補えるし、国民も自分たちの住む場所を奪おうとした蛮族が蔓延る外の世界に、さほど興味はなさそうだった。それに、今日に至るまで、なにも不自由はない。
 そんな国の中心部にもっとも賑わう王都があり、女王の住む城がある。不謹慎にもその城で隠れんぼに勤しむのが私だ。妹のお遊びに付き合っている鬼の私は、フランチェスカとチャスラフスカという妹二人を捜している真っ最中。
 城は広いから長時間歩くのに向いていない。範囲を決めないで隠れるのはどう考えても鬼の不利。もちろん私ははなから二人を見つける気なんてさらさらなかった。どうせ昼食の時間がきてタイムオーバー。可愛い妹達に、姉に勝てたと満足させるのが良いお姉ちゃんの勤めなのだから。
 高い日の光が降り注ぐ中庭に出ると、見知った萌葱色の長い髪をみつけた。
「ごきげんよう、アッシュ!まあた剣のお稽古?お姫様がそんな野蛮なものに精を出すものでなくってよ」
 私は大げさに芝居じみた口調に手振りをつけて、地面まで届きそうな長い三つ編みの持ち主へと声をかける。剣の形をした木の棒を一心に振っていた彼女は肩を落として手をとめる。小さく、ため息が聞こえた。
 こちらを振り向いた彼女は年下の乙女とはおもえないほどに眉間に皺を刻み、誰がどう見ようと不機嫌な目をしていた。
「第四の王女ではあるが、陛下から直々に叙任された騎士でもあるからな。日々の鍛錬は怠れまい」
 第四の王女、彼女の名前はアッシュモルト。私の妹だ。妹が王女なら姉の私も勿論王の血を引く、第三の王女。この国を支配する女王の七人の娘、その内のひとりだ。何もしなくても悠々自適、快適なベッドで寝れるし食事はおいしいし、日々の行事は楽しいのにこの変わり者の妹は、自ら危険に身を投じて騎士になんてなっちゃった。
「それより何用だ、リュッゲベルタ。お前が私に面白半分に話しかける事は多々あるが、無意味に邪魔だけはしてこないだろう。わざわざ鍛錬中に声をかけるなど、何か理由があるんだろう。早く言え」
 このように私を邪険に扱うような口調。彼女は私の事を良く思っていない。王族に相応しい行いの姉二人を差し置いて遊び回っている私だもの、生真面目でしきたりを重んじる彼女が目の敵にするのもわかる。…ま、だからからかいがいがあるってものなんだけれど。不器用だけれど真っ直ぐな、私とは正反対の妹。とはいえ、そりは合わないけれどお互い嫌いになりきれない間柄だった。
「そうなのよ、私は今忙しいの。フランとチャスは見なかった?隠れんぼに巻き込まれちゃってね、優しいお姉ちゃんは鬼役を任されちゃったってわけ。こっちの方から声が聞こえたように思うんだけど」
私の問いに、妹が動きを止めた。今までの経験則から、彼女が怒っているのがわかる。
「何か急ぎごとかと思って訊きかえした私が愚かだった…。陛下の居城だぞここは!遊び場にするなど無礼にもほどがあろう!」
「なによう、私達のおうちでもあるじゃない。あーあ私こそ無駄足だったわ。そんな性格の貴方だもの!あの二人が近づくはずがないわね」
 本当はアッシュをからかいたかったのが七割だけど、どうやらここには二人はいないみたい。口うるさく説教されても面倒だし、二人の不在を確認してからあの子達が隠れそうな所を考えながらその場を後にした。

◆◆◆

「…行ったぞ二人とも。下りれるか?」
 リュッゲベルタの姿が見えなくなってから、アッシュモルトは近くにあるそこそこ大きい木を見上げて声をかけた。
 くすくす、くすくす。小さな笑い声が二つ聞こえてくる。
「アッシュお姉さますごーい!あの賢いベルタお姉さまを騙しちゃうなんて!」
「すごいわアッシュお姉さま!私達を軽々と木の上に放り投げて隠してしまうんですもの!」
 二人はリュッゲベルタから逃げる途中でアッシュモルトに出会い、匿ってもらっていた。木の高い位置の太い枝に、見つからないように身体を小さくして仲良く並んで座る双子が口元を抑えて笑う。
「でもアッシュお姉さま、高すぎて下りるのが怖いわ」
「そうよアッシュお姉さま、チャス達はまだお空を飛ぶ魔法教えてもらっていないのよ」
 双子は表情がくるくる変わり、今はむくれっ面をしている。
「わかった、わかった。今下ろしてやるから」
 そう言うとアッシュモルトは、手に持っている木刀を下ろし地面を軽く蹴る。すると彼女はスッと宙に浮き、そのまま双子の元へと上昇していく。飛行の魔術である。
「ほら、こっちへ」
 両手を双子の方へのばすと、ひとりずつ腕に座らせる。
鍛えているとはいえ、女子が成長期に差し掛かった二人の少女を抱えるのは困難だ。しかしこの騎士は年頃の女子を二人抱えても、体勢を崩す事なく地面へと向かった。
地震の腕に強化の魔術を施したのだ。詠唱もなく、表情ひとつ動かさなかったことから、彼女がこの魔術に慣れていることがわかる。
「ちょっとアッシュお姉さま!どうかこのまま飛んでいてよ!」
「そうだわアッシュお姉さま!これならベルタお姉さまも追いつけやしないわ!」
「いいやだめだ、危ないからな。それに空を飛んでいたら目立つからすぐ見つかってしまうぞ、っと」
 アッシュモルトは片膝をつき、両腕に抱えた妹達を優しく地面に下ろす。その姿はさながらドレス姿の二人の王女にかしずく騎士だった。
「だが先ほどリュッゲベルタに言った事は私の本心だぞ。ここはまだ庭だから良いとして、城内で遊んだりするなよ。はしたないし、何より危ない。城の者に面倒だけはかけるんじゃないぞ」
「でもアッシュお姉さまも楽しかったでしょ?」
 フランが真っ直ぐ姉の目を見て首を傾げる。
「……まあな。あの姉を騙せて少し胸がすっとした。さあ、もう行った方が良い。話し声が聞かれてバレてしまう」
 両手で二人の頭を撫でるアッシュモルトの穏やかな顔は、優しい姉のそれだった。はあい!と元気よく、リュッゲベルタが向かった方向とは反対に駆け出した。きゃははっと無邪気に笑いながら。
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