王女リュッゲベルタの記憶

きらめく日々の七人姉妹 ; 03

 同じ階の棟の反対側、日当りの良い場所に姉さんの部屋はある。丁度扉の前にエプロンドレス姿の使用人が立っていた。この城では部屋を使用する際、見張りとご用聞きをかねて扉に前に使用人、基本的にメイドを立たせておく事になっている。先ほど学者たちが使っていた部屋が無人だと勘違いしたのも、このためだ。姉さんの部屋の前に使用人が立っているという事は、部屋の中に誰か居るという事。姉さんの部屋に他の誰かが立ち入る事は少ないから、よかった、エッヴァユリナ姉さんは在室中ね。姿勢良く立っていたメイドが私達に気づき、軽く膝を折って挨拶をする。
「ごきげんようリュッゲベルタ様、アダムス卿。まあ、ユグドラシア様はいかがされたのですか?」
 私の後ろをついてくる、眠った妹を抱きかかえたアダムスを見て彼女は驚いていた。
「遊び疲れて眠っているだけよ、心配しないで。姉さんのベッドを借りに来たの、通るわね」
「ええどうぞ、今はエッヴァユリナ様おひとりですので」
 用件を聞くと、快く扉を開けてくれた。その音に気がついたのか、部屋の奥にあるソファで寛いでいた姉さんがこちらに顔を向けるのが見えた。ソファと一緒に並べられている長机の上には鋏と色とりどりの糸が置かれている。どうやら刺繍を嗜んでいる最中だったらしい。私達に気が付くと、手にした刺繍枠を置き、立ち上がって出迎えてくれる。そうしてやっぱり気になるのは、メイドと同じで、私の後からついてくる騎士が抱えている妹の事のようで、心配そうな顔をしていた。
「まあ、リュッゲベルタ、後ろのその子はどうしたの?具合でも悪いのですか?」
「安心して、お昼寝の時間よ。ベッドを借りても良い?」
「ええもちろんです。アダムス、彼女をこちらへ」
「おや、寝室に男の俺が立ち入っても?」
 寝室に続く扉に手をかける姉に向かって、背後からおどけた声が聞こえてきた。姉は何とも思っていないようで、ええ、と快く一言返す。多分純粋な姉さんはこの質問の真意に気づいていない。私は姉さんがこちらを見ていない隙に、アダムスの足を蹴ってやった。それもちょっと強めに。
 寝室に入ると、姉は綺麗に整えられたベッドのブランケットを捲り、枕を間引き、妹のユグドラシアが眠りやすい環境を整える。アダムスが彼女を横たわらせるとそれ以上は何もせずに寝室から出て行った。軽い口調に冗談、身を弁えてないように見えても、越えてはならない所はしっかり解っているのがアダムスという男だ。私達はユグドラシアの靴を脱がせ、窮屈な腰回りのリボンを解く。姉はその間髪が絡んで痛まないよう軽く三つ編みにする。ふかふかのベッドに身を預けながら、眠そうで、きらきらした瞳で妹は姉を見上げる。
「エッヴァユリナお姉さま、きいて、ユグドラシアは新しい星の誕生に立ち会ったのです」
「まあ、それはとても幸運な事ですよ。良い子にしていたのですね」
 それに穏やかに答える美しい姉。二人はかなり年が離れているし、姉は姉で落ち着いているからまるで我が子を寝かしつける母のように見えた。まあ、今は真っ昼間なのだが。
「その星はね、最初に現れてから、輝いている時と真っ暗な時があったのよ。まるで星になるか悩んでいるようだったわ」
「素敵な例え方をしますね。今度わたくしにも見せてください。もちろん、あまり遅くない時間に」
 妹の相手は姉に任せ、私はカーテンを閉めるために窓に向かった。これだけ日が高いと多少光が漏れるが、ないよりは寝付きが良いはず。
「もちろんです!天気のいい夜ならお庭に出て見るのがいいですよ。顔をまっすぐ上にあげるとよく見えるんです」
「ふふ、あまり興奮させてはいけませんね。昼食の時間になりましたら起こします。どうか席で詳しいお話を聞かせてください」
 どうやら話は終わったらしい。おやすみなさい、と静かな姉の一声が聞こえた。姉と一緒に寝室を出ると、アダムスがお行儀良く待機していた。
「ありがとうアダムス、あの子の我が儘に付き合わせてしまいましたね。昼食までわたくしがついていましょう。下がって良いですよ」
「礼には及びませんよ、知的好奇心を満たすのは良い事です。それに彼女は羽根のように軽い」
 それでは、と一言残して彼は姉の部屋から出て行った。その横顔が少し嬉しそうだったのは見間違いじゃないはず。王女のお守の仕事が、予定より早く終わったのだから。きっと部屋から出たら鼻歌でも歌うんだわ。
「リュッゲベルタ、あなたはどうなさいますか?」
「私は双子の隠れんぼに付き合ってる最中なの。姉さんは二人を見ていない?この子の勘によると花の香りに包まれているって」
「ふふふ、まさにわたくしの部屋を指し示しているようですね。ですが残念ながら部屋には上がっていませんよ」
 姉は上品に口元に手を当ててにこにこ笑っている。
「…まって、いま上がってないって言ったわね?まるで二人と会ったような発言だわ」
「あら、まあ、わたくしったら。ふふふ」
 人柄が良すぎる姉は、嘘はもちろん、隠し事が苦手のようだった。手を口元に当てたまま、今度は困ったように笑っている。
「あの子達が温室から手を振るのが見えました。その後には口元に指を当てているのも見えたのに…。部屋には来ていませんよと言うべきでしたね」
「姉さんは正直すぎるというか、根っからの善人で嘘がつけないっていうか…。でもまあ助かったわ」
 エッヴァユリナ姉さんは博愛と慈愛を絵に描いたような善人。ただ人を疑うということを知らなくて、少し心配してしまう。私を含め姉妹の中で一番好かれているんじゃないかしら。長女セルジュアンネ姉さんももちろんいい人だけど、気が強い分少し怖いし。
 そんな彼女が好むものは植物とそれに引き寄せられる小動物や蝶といった生き物。意外にも虫の類も平気。部屋の花瓶には常に色とりどりの花が生けられているし、観葉植物の鉢が私の部屋よりも多い。一部の壁や床には蔦が伝っている。更に南側の壁一面の大きな窓は、この部屋の倍はありそうな広さの温室に面していた。ここの温室の植物は姉が自ら世話を焼き、そこで咲き誇る花々の出来は庭師の仕事にも劣らない。姉は空き時間をこの温室で過ごし、常に優しい香りに包まれていた。
 ガラス戸を開くと姉さんと同じ香りが広がった。私は耳をよくすまして、双子の気配を探る。扉を開けた音を聞いて向こうも警戒しているのか、ぐるりと見渡しただけでは見つけられなかった。
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